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クリムトの猫 [a r t]



  • 新しい芸術が理解できない人は、カリフラワーあたまの紳士だけじゃなかった。グスタフが、ウィーン大学からたのまれて、大ホールに3枚の大きな天井画を制作したときも、大問題になったんだよ。/ 注文は、大学で教えている3つの学科 ── 「哲学」 「医学」 「法学」 ── を絵であらわしてほしいということだった。けれども、できあがった作品をみて教授たちはひどくおこった。教授たちは、どうどうとして威厳のある人物像が描いてあるだろうと思っていたのに、グスタフが描いたのは、夢のような、ぼんやりとした空間にただよう裸の人物たち。人間の生や死、恐れ、愛、苦しみといった感情を描きだした絵だった。あまりに批判がきびしかったので、グスタフは作品をひきあげて、売ることにした。/ グスタフは、ウィンクしながらいった。「私にとって大事なのは、どれだけ多くの人が、私の絵を気に入ってくれたかではなく、だれが気にいってくれたかなのだ」ってね。僕がどう思ったか、気にしているのさ。
    ベレニーチェ・カパッティ 『クリムトと猫』


  • ▢ クリムト展 ウィーンと日本 1900(東京都美術館 2019)
  • 鬱陶しい梅雨の合間を縫って「クリムト展」に行って来た。半年前の「ムンク展」は悪夢のような長蛇の列(90分待ち!)だったが、今回は待つこと数分で呆気なく入場出来た。もちろん会場内は混雑している。同時代にウィーンで活動した画家の作品や影響を受けたという日本の美術品なども展示されていて、クリムト(Gustav Klimt 1862-1918)の油彩画は28点と意外に少ない。〈エミーリエ・フレーゲの肖像〉〈パラス・アテナ〉などの主要作品が同時期に六本木で開催されている「ウィーン・モダン展」(国立新美術館)と泣き別れになってしまったのは残念である。お得な共通チケットとか、一方の半券で他方の入場料を割引するとか、国立と都美術館の連携があっても良かったのではないかと思う。閉室(夜間開室日は午後8時)まで粘るつもりだったが、長袖を着ていたのに躰が冷え切っちゃったので早目に退室した。この日はマンガ家の羽海野チカ(@CHICAUMINO)さんが母親と観に来ていたようです。

    「クリムトとその家族」 「修業時代と劇場装飾」 「私生活」 「ウィーンと日本 1900」 「ウィーン分離派」 「風景画」 「肖像画」 「生命の円環」 ‥‥年代順に8セクションに分かれた展示構成。鑑賞者は地下1階から1、2階をエスカレータに乗って回廊する。白黒ネコを抱くクリムトの写真〈モーリッツ・ネーア〉に期待も高まるが、意外にもネコの絵は1点もなかった。バルデュスやレオノール・フィニなど、ネコ好きの画家は例外なくネコを数多く描いているのに、クリムトは被写体としてのネコには興味が全くなかったらしい。人物画の多くは女性たちで、展示されている絵画の中の動物は蛇や鳥(鳳凰?)、鶏、雌牛くらい。男性も修業時代の〈男性裸体像〉や肖像画、女性を抱擁する後姿としてしか描かれない。自画像も描かなかった。クリムトといえば黄金を鏤めた装飾的な文様に彩られた恍惚の表情や妖艶な笑みを浮かべる女性画で知られるが、弟エルンストの娘の横顔を描いた〈ヘレーネ・クリムトの肖像〉は可憐で無垢‥‥おかっぱ髪とダブダブの白いドレスも清楚で清純である。

    〈草叢の前の少女〉はルノワールを想わせる印象派風の肖像画。白いドレスを着たモデルはクリムトの子供(長男グスタフ・ウセディー)を産むことになるマリア・ウチッカーで、年齢は不明だが少女というよりも若い娘として描かれている。〈17歳のエミーリエ・フレーゲの肖像〉はパステル画。モデルは30歳で早世した弟エルンストの妻ヘレーネの妹エミーリエで、クリムトの生涯の伴侶となった。木製の額縁に描かれた梅の花には日本美術の影響があるという。〈赤子(ゆりかご)〉は様々な模様と色彩の布地がパッチワークのように積み重ねられた山の上に嬰児が仰向けに寝ている晩年の油彩画。図録の表紙やチラシにも使われた「黄金様式」の代表作品の1つ〈ユディト I〉の前は混雑していて容易に近寄れない。祖国を救うためにアッシリアの敵将軍ホロフェルネスの寝首を掻いた未亡人ユディトは斬首した生首を右腕で支え、左の乳房を露わにして恍惚の表情を浮かべている。モローやビアズリーの〈サロメ〉と同じく、男たちを快楽と死へ誘う「ファム・ファタル」として描いている。

    〈ユディト I〉の右隣には縦長の〈ヌーダ・ヴェリタス(裸の真実)〉が架かっている。ブロンド髪の全裸女性が右手に持った丸い手鏡(ペロペロ・キャンディのようにも見える)を前方に向け、足元には青い蛇が這い回る。「真実」を擬人化した挑発的なヌード絵画の上部には《もしお前の行動とアートですべての人を喜ばせないなら、数少ない人を喜ばせよ。多くの人を喜ばせるのは悪いことだ》という18世紀のドイツ詩人シラーの言葉が引用されている。〈オイゲニア・プリマフェージの肖像〉のモデルはウィーン工房の熱烈な支援者の1人、オットー・プリマフェージの妻。モザイクやパッチワークを想わせる色鮮やかなドレスを纏い、背後の黄色い壁に空いたアーチ状の窓と床には花々が咲き乱れる。右上には鳳凰のような鳥も描かれている。〈女の三世代〉は女性の一生‥‥ 「幼年」 「青年」 「老年」 を同一画面で構成。女児を幸せそうに抱く母親の傍らに、左手で顔を覆って項垂れる瘦せこけた老女が立つ。装飾的な小さな円と薄汚れた壁や真っ黒い背景も母子と老女の対比を際立たせる。

    〈ベートーヴェン・フリーズ〉(1984年に制作された原寸大複製)は第14回分離派展でゼツェシオン館(分離派会館)の一室(コの字型の三面)を飾った全長34mを超える壁画。ベートーヴェンの第九をワーグナーの解釈で絵画化しているという。黄金の騎士がゴルゴン三姉妹やゴリラのような怪物テュホンを倒して楽園に辿り着く物語で、「幸福への願い」 「敵対する力」 「歓喜」 の三面から成る。ウィーン大学から依頼された大講堂の天井画は「不道徳で、醜悪な芸術」と酷評され、第18回分離派展に〈哲学〉〈医学〉〈法学〉が出品されたもののクリムトは制作を断念する。第二次世界大戦中、疎開先のインメンドルフ城の火災で焼失してしまい、残念ながら習作やモノクロ写真から想像するしかない。〈アッター湖畔のカンマー城 III〉は正方形のカンヴァスに描かれた風景画。オーストリア・ザルツカンマーグート地方のアッター湖は夏の避暑地で、緑の樹々と背後の黄色い壁と赤茶色の屋根が川面に映る奥行きのないモザイク画のように描かれている。

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  • ▢ クリムトへの招待(朝日新聞出版 2019)
  • 美術初心者向けムック・シリーズ「名画への招待」の10冊目。巻頭から 「きんをたくさん使った」 「世紀末のウィーンに生まれた」 「美しい女性ばかりを描いた」 「見えないものを抽象化しデザインした」 という大きな文字が躍る。最高傑作〈接吻〉の解説(千足伸行)。〈ユディト I〉〈エミーリエ・フレーゲの肖像〉〈アッター湖畔のカンマー城 III〉の一部分を原寸大で表示。代表作品30点を一挙掲載‥‥クリムトは生涯独身だったのに「14人の婚外子がいた」とか、恋人エミーリエ・フレーゲが自分の肖像画に描かれた青と緑色のドレスのデザイン(装飾的な文様)が気に入らず、競売に賭けてしまったという女性週刊誌のゴシップもどきのエピソードも紹介されている。現代風に矮小化すれば、「彼氏から贈られた高級ブランド品をヤフオクで売っ払っちゃった」みたいな話でしょう。当時のウィーン市立歴史博物館(現ウィーン・ミュージアム)が1908年の州の芸術購入予算の全額を注ぎ込んで落札したという逸話も凄いなぁ。

  • ▢ グスタフ・クリムトの世界(パイインターナショナル 2018)
  • クリムトの絵画、壁画、フリーズ、デッサンなど約230点を収録した超豪華作品集。表紙の〈水蛇 I〉と裏表紙の〈メーダ・プリマヴェージの肖像〉も黄金色の額で飾られて、分厚くズッシリと重い(388頁)。クリムトだけではなく、ウィーン工房の建築・家具・舞台・ガラス・陶器・金工・ジュエリー・ファッション・グラフィック(ポスター、本、ポスタカード)、ウィーン分離派のオスカー・ココシュカ、エゴン・シーレ、オットー・ワーグナーなど11人の作品も紹介されている。クリムトのイメージを古代クレタ島の怪物ミノタウロスに重ね、「世紀末ウィーンの黄金迷宮に棲む黒い雄牛のようなたくましい怪人であり、迷宮にうごめく幻影の美女たちを狩り、壁に迷宮画を描きつづけていく」と妄想する海野弘の解説は定説から逸れることもあるが、それはそれで興味深い。「ウィーンの文学カフェの党派と派閥」「クリムトとナチス」など10のテーマ(1頁コラム)や「クリムトのイコノロジーと文様」も面白い。クリムトの魅力は妖艶な女性の生々しさや毒々しさを衣裳や背景の装飾・幾何学的な文様が中和(半抽象化)して、和らげているところあるのではないかしら。

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  • グスタフ・クリムト(1862‐1918)は、19世紀末から、20世紀初めにかけて、オーストリアの首都ウィーンで活躍した有名な画家です。1897年、クリムトは伝統的な美術に反抗して、「ウィーン分離派(ゼツェッション)」 というグループを創立し、同じ時代のエゴン・シーレやココシュカなどとともに、ウィーンの世紀末美術の立役者になりました。そのころのウィーンでは、音楽家のマーラーやシェーンベルク、精神分析学者のフロイト、哲学者のヴィトゲンシュタインが活躍していました。クリムトは、「黄金のクリムト」 といわれるように、絵画のなかに金色をたくさん使い、きらびやかで装飾的な画面と官能的な女性のイメージを結びつけています。彼は56年の生涯を独身ですごしましたが、大の猫好きで、8匹もの猫を飼っていたといわれます。巻末の有名な写真でも、猫を大切そうに抱いた彼がうつっています。これは、愛猫がみたグスタフ・クリムトの人生を、華麗で美しいビジュアルイメージとともに愛情をこめてよみがえらせた絵本です。
    森田 義之「ウィーン世紀末の画家 グスタフ・クリムト」


  • ▢ クリムトと猫(西村書店 2005)ベレニーチェ・カパッティ
  • 漱石の「吾輩」と同じように、グスタフ・クリムトの愛猫(僕)が主人の人生を語る絵本。オクタヴィア・モナコ(Octavia Monaco)の描く鮮やかな色彩や女性の衣服の装飾的な模様はクリムト調だが、人物やネコたちはレオノーラ・キャリントン風にデフォルメされている。アトリエの庭の咲く薔薇の世話をする。弟のエルンストと一緒に天井画を描く。床に散らばったデッサンの紙束に僕らがオシッコする。ゼツェション(分離派)というグループを結成して、丸屋根の会館を建てる。ウィーン大学に頼まれて大ホールの天井画3枚を制作。女友達のエミリエは妹のヘレーネたちと「フレーゲ姉妹の店」を経営していて、夏は彼女の家族とアッター湖畔へヴァカンスに出かける‥‥。《いつだったかな、クリムトはいった。「話された言葉も、書かれた言葉も、私にはなじまない。とくに、私の仕事や、私自身のことを、表現するにはなじまない」その日から僕は、いちばん古かぶ猫として、いつでもグスタフのあとをついてまわり、グスタフのことを語りつぐことにきめたのさ》と語る「クリムトの猫」は主人(享年55歳)よりも長生きしたらしい。

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    クリムト展 ウィーンと日本 1900

    クリムト展 ウィーンと日本 1900

    • アーティスト:グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)
    • 会場:東京都美術館
    • 会期:2019/04/23 - 07/10
    • 主催:東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)/ 朝日新聞社 / TBS / ベルヴェデーレ宮オーストリア絵画館
    • 展示構成:クリムトとその家族 / 修業時代と劇場装飾 / 私生活 / ウィーンと日本 1900 / ウィーン分離派 / 風景画 / 肖像画 / 生命の円環


    クリムトへの招待

    クリムトへの招待

    • 編集・執筆:民輪めぐみ / 江六前一郎 / 東原じゅり / 柳本元晴 / 戸澤幾子 / 古川萌 / ...
    • 出版社:朝日新聞出版
    • 発売日:2019/04/19
    • メディア:単行本
    • 目次:What's クリムト? / STAGE クリムトが生きた時代 600年以上続いた帝都はクリムトにチャンスを与え、勲章を授与した / Biorhythm 5分でわかるクリムト 画風の変化と55年の生涯 / ONE and ONLY クリムトの最高傑作 クリムトの最高傑作は、なぜ『接吻』なのか? / 図解 このように西洋絵画は変わっていく! / パーフェクト鑑賞講座(ユディト I ...


    グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮

    グスタフ・クリムトの世界 女たちの黄金迷宮

    • 著者:グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)/ 海野 弘(解説・監修)
    • 出版社:パイインターナショナル
    • 発売日:2018/07/19
    • メディア:単行本(ソフトカバー)
    • 目次:グスタフ・クリムト 黄金迷宮の狩人 / 世紀末ウィーン夢紀行 / クリムトの絵画世界黄金の女たちの陰に / クリムトをめぐる人々ウィーン分離派とウィーン工房

    芸術新潮 2019年 6月号

    芸術新潮 2019年 6月号

    • 特集:時を超えるクリムト
    • 出版社:新潮社
    • 発売日:2019/05/25
    • メディア:雑誌
    • 内容紹介:稲垣五郎が語るクリムトとベートーヴェン、そして僕 / 腕利き職人から“クリムト"へ / 新たなる芸術をめぐる戦い / 輝け! クリムト・レディーたち / 絡み合う生と死、拮抗する色と闇 / 1862〜1896 新生ウィーンで大躍進! / 1897〜1905 ウィーン分離派を率いて / 1906〜1910 黄金様式の極みへ / 1911〜1918 道なかばの死 / 自画...

    クリムトと猫

    クリムトと猫

    • 著者:ベレニーチェ・カパッティ(Berenice Capatti)/ 森田 義之(訳)
    • イラスト:オクタヴィア・モナコ(Octavia Monaco)
    • 出版社:西村書店
    • 発売日:2005/03/01
    • メディア:大型本
    • 内容:愛猫がみたグスタフ・クリムトの人生を、華麗で美しいビジュアルイメージとともに愛情をこめてよみがえらせた絵本です。アンデルセン賞受賞


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