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人間じゃない [b o o k s]



  • ウォルターはそれまでに二度、別々の機会に、収容トラックを見たことがあった。猫、犬、それから主にぼくたち。そう思うと暗い気分になった。つまり、もし人間から始めたとすると、ペットも引き取るはめになるのは当然だ。人間はペットとそんなに違わない。しかし、いくら法律だからといって、そんなことをどんな人間がするのだろう?「守るための法律もあれば、破るための法律もある」と、読んだ本に書いてあったのを彼は思い出した。火炎弾を投げこむのは、まず収容トラックからにしよう。あのトラックが最悪だ。無力な生き物ほど、よけいに人間が抹殺しようとするのはどうしてなんだろう。子宮内の胎児みたいに。本来の意味での中絶で、今では「出生以前」とか「人間以前」と呼ばれている。胎児は自分を守りようがない。その声を代弁してくれる人間もいない。そうした命が、一人の医者につき一日に百人も‥‥みな無力で、無言のまま、死んでいくだけ。糞野郎め。だからやつらはそんなことをするんだ。そんなことができるのをわかっていて、マッチョな権力に酔っているんだ。陽の目を見たがっている幼い命は、二分もたたないうちに吸い出される。
    フィリップ・K・ディック 「人間以前」


  • ▢ 人間以前(早川書房 2014)フィリップ・K・ディック
  • 糸杉林の向こうから白い中絶トラックが走って来るのを目撃したウォルター少年はブラックベリーの繁みに隠れて様子を窺い、家へ逃げ帰った。引っ掻き傷だらけで泣き出した息子に母親のシンシア・ベストが言い聞かせる。郡施設へ送られるのは「人間以前」(12歳未満)の子供たち‥‥12歳以上の男子には魂があるという新しい法律が施行されたのだ。再び遊びに出たウォルターはピートやザックやベンなどの友達から、連れて行かれたのがアール・フライシュハッカーだと知る。収容トラックの運転手オスカー・フェリスはティム少年を見つけて、児童保護施設へ連れて行こうとする。ところが父親のエド・ガントロが現われて、親子でトラックの後部に乗り込むことになる。車内には2人の子供たちが収容されていた。合成食料品を抱えて帰宅した妻のシンシアが夫のイアン・ベストに「中絶しましょうよ!」と興奮して叫ぶ。まだ妊娠もしていないのに‥‥。妻は中絶賛成派、夫は反対派だった。

    父親のイアンはスコッチのミルク割りを飲みながらウォルターを安心させ、妻シンシアとの別居やカナダ・ヴァンクーヴァー島への移住を仄めかす。収容トラックが郡施設の駐車場に停まって後部ドアが開く。施設主任のサム・B・カーペンターは3人の子供だけでなく、1人の大人が乗っていることに困惑する。足し算以上の高等数学を知らないと嘯くエド・ガントロがスタンフォード大の数学修士号を持っていたからだ。罠に嵌められたと思ったカーペンターは4人を即刻解放する。フライシュハッカー少年が夫婦仲の悪いウォルター・ベストのパパに連絡すればクルマで引き取りにきてくれるのではないかと提案し、ティムがカーペンター氏に電話するように頼む。イアン弁護士のメルセデス・ベンツが到着する前に、TV局や新聞社などマスコミのクルマが駐車場に集まって来た。カーペンターの脳裡に「中絶施設 スタンフォード卒を抹殺」「郡中絶施設 違法処置に失敗‥‥」という見出しが浮かぶ。

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  • ▢ 人間じゃない(講談社 2017)綾辻 行人
  • 山路悟(僕)は精神科病棟B〇四号室に長らく入院している。担当医の老医師・大河内が三十代半ばの若い医師・夢野に、八つ切り大の画用紙に2Bの鉛筆で描かれた異常な絵を見せる‥‥《背中が後方に向けて、ありえない角度まで折れ曲がっている。胴体全体もいびつに捩じ曲っている。両手両足も不自然に折れ、捩じれている。着ている服もろとも、それぞれが腕の付け根と脚の付け根で大きく裂けてしまい‥‥ほとんどもう、ちぎれかけている。/ 頭部も両手足と同様、ちぎれかけている。首の皮膚を一部分だけ残し、かろうじて胴体につながっているような状態で‥‥そして、そんな彼女の全身を染めた血!/ あちこちの傷から噴き出し、流れ出したおびただしい血液が、床に倒れた身体の周囲にまで拡がっている。そうしてできた血だまりは、他のどの部分よりも黒々と鉛筆で塗り潰されていて‥‥》。山路は引退する老医師の後任として担当を務める夢野に「あの事件」‥‥密室で起こった陰惨な殺人事件を語り始める。

    8月初旬の金曜日の午後、海辺の別荘を訪れたK**大学の院生・山路悟(24歳)、高校時代の同級生・鳥井譲次、彼の知り合いのOL・若草桜子、悟の所属する研究室の共同ゼミの学生・咲谷由伊。悟の伯父・山路和央の所有していた別荘〈星月荘〉は叔父の死後に弟の父親が5年前に相続したものの、保守管理を怠っていたので「お化け屋敷」と呼ばれる心霊スポットになっていた。夕食の席で文化人類学を専攻していた伯父が晩年、別荘で隠遁生活を送り、精神を病んで自殺したことなどを3人に話していると、由伊が怖がって帰りたいと言い出す。「人間じゃないものが、いる」と微かに震える声で訴えたのだ。幽霊、妖怪、宇宙人、吸血鬼、狼男?‥‥譲次がネットで見つけたサイトにあった記事‥‥「ヒトという生物の内部に隠れている、ヒトならぬもの。人類が長い年月のうちに進化してきた、その当初から、その裏側にぴったりと貼り付くようにして存在しつづけている "影" のごときもの」。異様な声を発し続けて取り乱す由伊を3人がかりで宥め賺して2階の奥の寝室へ連れて行く。

    夜明け前、4時半に目覚めた山路悟は2階の寝室から物凄い叫び声を聞く。駆けつけた3人が呼びかけても全く反応がない。物置きから持ち出した斧で頑丈なドアを打ち破る。密室内は見るも悍ましい惨状だった。悟が警察に通報することを思い立った時、鞭が撓るような音がして鳥井譲次と若草桜子の首、頭部が突然胴体から切り離されて宙に飛んだ。変わり果てた咲谷由伊の仕業だった。逃げる気力を失った悟は半ば観念して息を落とす。それ以降の記憶を失ったと夢野医師に話す。事件の起きた数日後、火災が発生して別荘は全焼する。誰かが2階の寝室にガソリンを撒いて放火したのだ。焼け跡から発見された2人の死体は胴体から頭部が切断されていた。しかし由伊の死体は見つからず、大学を調べても咲谷由伊という名前の女子学生は存在していなかった。合理的にトリックが解明されるミステリとは対蹠的にホラーの恐怖は解消されない。B〇四号室の患者(信用出来ない語り手)の妄想かもしれないという疑念が作品のリアリティを保証する。

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  • ▢ ちょいワル猫のおきて(マガジンボックス 2016)
  • 空前のネコ・ブームの波に乗って可愛いネコたちの写真集やムックが次々と出版されているが、可愛いだけがネコじゃない。「ちょいワル猫のおきて」はちょっと悪くてワイルドなネコたちにスポットを当てたムック本。街猫、寺・神社の猫、島猫(田代島・相島・青島・真鍋島・深島)、海外の猫(マルタ・トルコ・台湾)‥‥野外で暮らすノラネコたち。鋭い眼光で睨む強面ネコたちが登場する。「近づいたらケガするニャ」「ガンつけ禁止」「仲良くしたいなら優しくおとなしく」「オレたちのサインを見逃すニャ」など、ネコなのに上から目線。室内の飼いネコたちも「オレに命令するニャ、お前が従え」「許可するまで動くな」「イタズラは大目に見ろ」「エサは工夫しろ」「多少の生傷は覚悟するニャ」「迷信は信じない」「洗面所に近づいたら水を出せ」「洗濯機のドアは開けておけ」など、関(ニャン)白宣言。「ちょいワル猫の伝説」「映画の中のちょいワル猫」「ちょっとワル(?)な猫ことわざ」も併録。「人間じゃない、オレたちが飼い主を選ぶんだ」。

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    「人間じゃない」という否定語には少なくとも3つの異なる位相がある。文字通り人間以外の動物や生物を指す場合。日本語の文章を流暢に綴る「吾輩は猫である」の語り手も、SF界最高のスーパー仔猫ガミッチも、世界一有名で可愛い子猫リル・バブも「人間じゃない」。胎児として子宮に宿り、母胎から出生する成長過程で「まだ人間じゃない」と見做される微妙な段階。胎児とは「妊娠第8週以後の人間としての形が明らかになったもの」のことらしいが、いつから「真人間」になるのかは人工中絶問題と分ち難く絡んで来る厄介なテーマでもある。それとは真逆に人間の能力を超えた「人間以上」の存在。新人類、ミュータント、異星人、未来人、未確認生物(UMA)、幽霊、妖怪、怪獣、怪物、悪魔、神、アンドロイド(人造人間)、サイボーグ、アニメ・キャラ‥‥と枚挙に暇がない。極悪非道の人間や天才的な人物に対して「バケモノ」「モンスター」と比喩的に呼ぶこともあるけれど、彼らは紛れもなく人間である。

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    • 「まだ人間じゃない」は「ソロモンの偽証 第I部」のエピグラフに使われています
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    人間じゃない 綾辻行人未収録作品集

    人間じゃない 綾辻行人未収録作品集

    • 著者:綾辻 行人
    • 出版社:講談社
    • 発売日:2017/02/24
    • メディア:単行本
    • 目次:赤いマント / 崩壊の前日 / 洗礼 / 蒼白い女 / 人間じゃない ── B〇四号室の患者 ── / あとがき / 綾辻行人著作リスト


    まだ人間じゃない

    まだ人間じゃない

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 浅倉 久志・友枝 康子・大瀧 啓裕(訳)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日: 2008/03/07
    • メディア:文庫
    • 目次:フヌールとの戦い / 最後の支配者 / 干渉する者 / 運のないゲーム / CM地獄 / かけがえのない人造物 / 小さな町 / まだ人間じゃない / 作品メモ / あとがき / 21世紀のPKDのことなど・高橋 良平


    人間以前 ディック短篇傑作選

    人間以前 ディック短篇傑作選

    • 著者:フィリップ・K・ディック(Philip K. Dick)/ 大森 望(編)
    • 出版社:早川書房
    • 発売日:2014/11/07
    • メディア:文庫
    • 目次:地図にない街 / 妖精の王 / この卑しい地上に / 欠陥ビーバー / 不法侵入者 / 宇宙の死者 / 父さんもどき / 新世代 / ナニー / フォスター、お前はもう死んでるぞ / 人間以前 / シビュラの目 / 編者あとがき


    ちょいワル猫のおきて

    ちょいワル猫のおきて 人間じゃない、オレたちが飼い主を選ぶんだ

    • 編集人:木下 徹
    • 出版社:マガジンボックス
    • 発売日:2016/04/22
    • メディア:ムック
    • 目次:ちょいワル猫の条件 / ちょいワル猫のおきて野外編 / ちょいワル猫のおきて室内編 / ちょいワル猫の世界 / 参考文献

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